ある家族のエンディングストーリー
Aさんは両親を相次いで看取り、65歳で年金をもらえる年齢になったことをきっかけにエンディング・ストーリーづくりにとりかかりました。
そのときAさんは、まずあと10年は生きようと考えました。
55歳で生まれた初孫がいま10歳。
この子が成人するのを見届けようというのです。
Aさんはまず、妻と長男、長女の前で、自分の葬式は無宗教でやりたいと正直に胸の内を明かしました。
さらに家の権利証や預貯金を妻と長男、長女に示し、相続の対象となる財産を明確にしました。
最初は何をいってるんだと思ったご家族も、Aさんの真摯な態度に動かされ、次第にAさんが亡くなった後のことを真剣に考えるようになりました。
実はAさんの両親は自分たちが死んだ後のことにまったく無頓着で、Aさんの実家の権利書がどこにあるのかすら死後もしばらくの間わからず、Aさんが苦労していたのをご家族も知っていたからです。
つぎにAさんは故郷にある墓の権利を長男に譲ることにしました。
市営の墓地だったので権利金なども必要なく、スムーズに名義変更ができました。
そしていよいよ自分らしいお葬式の出せる葬儀社をさがすため、いわゆる生前相談をはじめました。
最初は新聞に挟み込まれたチラシから近所の葬儀社を何社か廻ってみました。
一社では「生前相談を」というとすぐに料金表を見せられ、斎場や祭壇の大きさなどの話が延々と続いたので、途中で話を切り上げてしまいました。
もう一社では生前相談とは名ばかりで資料を渡されただけで終わりました。
こうした葬儀社回りをやっているうちAさんも「目が肥えて」きました。
そんなころ知人の葬儀にたまたま出席。
そこでさくら葬祭の執り仕切った音楽葬に出会いました。
これこそ自分の探していた葬儀のかたちだと思ったAさんは、さっそく事前相談に訪れました。
いろいろ自分の希望を話したり、説明を聞いたりするうちに、仏教式の葬儀に音楽葬を組合わせることが可能と知り、家族にも相談。最終的には家族も同席して説明を受け、仏教式と音楽葬の組み合わせでいくことにしたのでした。
その一方Aさんは、エンディングノートに、自分の生い立ちからこれまでの人生をまとめる作業もはじめました。
家族に見せることを考慮して、なるべく簡潔に書くことを心掛けたといいます。
またさくら葬祭とは定期的に葉書を送ったりしてコンタクトを絶やさないようにしました。
ふと、生前に自分の葬儀のことで葬儀社と連絡をとるなんてと考えることもありましたが、家族のことを思う気持ちの方が勝っていたのです。
そんなAさんが突然旅先で倒れ亡くなったのは、70歳を過ぎたころでした。
旅先で倒れたこともあり、Aさんの死は警察扱いとなりました。
しかし家族はAさん本人からも、さくら葬祭からも、こうした場合の対処法をきちんと聞いていたので慌てずさくら葬祭に連絡。
ご長男が現地に行くのと相前後してさくら葬祭も遺体のお迎えに行きスムーズにお家にお連れすることができました。
もし生前に何も決めていなかったらどうなっていただろうか。
後にご長男は、そう回想されていました。
お葬式は生前のお約束通り仏教式と音楽葬の「ハイブリッド」で行い、参列者からはAさんらしい配慮の行き届いた葬儀だったという声が寄せられたそうです。
葬儀の費用はAさんの生前の指示通り、家と土地を相続する長男が負担しました。
Aさんの死は、ご本人の目論見より少し短いものでしたが、突然の、それも旅先での死にも関わらずご本人の周到な準備の甲斐あって家族が後悔するような事態をひきおこすこともなくひとつのストーリーとしてつぎの世代に引き継がれていくことになりました。
初孫が成人される年には、法事とはまた別に、お祖父さまに成人を報告すると同時に、お祖父さまを偲ぶ会を催す予定だと聞いています。
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